知られざる銅閣寺の魅力

こんにちは。金、銀閣寺ほどではありませんが、吉野勝秀から見た、銅閣寺(大雲院祇園閣)につていご紹介します。

京都で代表的な見どころとして金閣寺、銀閣寺は清水寺や二条城などと並んで有名ですが、銅閣寺というのは名前さえ知られていません。テレビのクイズ番組ではその存在を否定されるほどマイナーな存在です。正式には大雲院祇園閣といい、屋根が銅版葺きになっているため銅閣寺と呼ばれています。

大雲院祇園閣の歴史

銅閣寺は天正15年、西暦1587年に織田信長、織田信忠親子の菩提を弔う為に正親町天皇の勅命により建立されました。織田信長は有名な本能寺の変で5年前の1582年に亡くなっています。

寺の名前は織田信忠の戒名「大雲院殿三品羽林仙巌大居士」からつけられたと言われています。正親町天皇が信長の為に寺を建立したのは、逼迫していた朝廷の財政をいろいろなな政策や援助により回復させたという事情によるものです。しかし信長はただ援助、保護していたのではなく、天皇の権威を利用して朝倉義景、浅井長政などの敵対勢力との講和の勅命を天皇に出させることが目的でした。

このように歴史あるお寺で貴重な文化財も多くあるにもかかわらずあまり知られていないのは普段一般公開されていないからです。一般公開は季節ごとの「京都の特別拝観」に出ています。公開は1~1か月半程の期間で大人の拝観料は600円です。

お寺の歴史は500年近くになりますが祇園閣は昭和2年、大倉財閥の創始者大倉喜八郎が別邸に建てたものです。形は一目瞭然祇園祭の鉾を模したものです。お寺は創建当時現在の烏丸二条にあり、豊臣秀吉によって寺町四条へ移され、昭和48年に現在の祇園・東山界隈の位置に移転しました。その移転先が大倉喜八郎の別邸ということです。

そして奇妙な建物は築地本願寺や平安神宮を建てた昭和初期の代表的な建築家・伊藤忠太によって建てられました。築地本願寺の屋根に似ているという謎が解けました。入口の「祇園閣」という文字は西園寺公望公によるものです。政商・大倉喜八郎と時の総理のかかわりも興味深いものがあります。

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この祇園閣、高さがこの36mという。祇園閣の楼上からの眺めと言えば、ぐるり360度の京都市内を広く見渡せる数少ない貴重な絶景スポットです。京都市は景観を守る為に建物の高さや色づかいにいたるまで規制されているため平べったいのがよくわかります。

大雲院祇園閣へのアクセス

京都府京都市東山区にあり、京阪祇園四条駅から歩いて25分、京阪清水五条駅から徒歩20分あります。このようにどちらの駅からも遠いので、京都市営バスを利用、「祇園」から徒歩5分というのが便利です。近くには円山公園、八坂神社、高台寺などがあります。