石庭で有名な龍安寺は見どころがいっぱい

こんにちは、吉野勝秀です。今回は、石庭で有名な龍安寺をご紹介します。

1450年(宝徳2年)、足利幕府の管領細川勝元が、それまで貴族の別荘であった土地を譲り受け、禅宗の寺を建てたのが龍安寺の始まりでした。細川勝元は、応仁欄の際、東軍の大将として戦い乱半ばにして亡くなっています。勝元は禅を熱く信じ庭園造りにも熱意を見せる武将でした。

龍安寺の背後に聳える衣笠山は、平安時代の初め、時の帝が真夏に雪見をするため、山の峰に白絹を掛けた山と言われています。龍安寺はこの洛西の山々を借景にして建てられたお寺です。1994年には、世界遺産にも登録され、世界中から観光客が訪れています。

山門を過ぎると左手に見事な池が広がります。平安貴族の庭園を偲ばせる鏡容池です。池の周囲を歩きながら、様々に変わる風景を眺める回遊式の庭園になっています。池の水面には、背後に連なる山々が鏡のように映し出されます。水と自然が作り出す美の世界を堪能することができます。

鏡容池を過ぎると、方丈への道が続きます。龍安寺は、応仁の乱で焼け落ちその後、復興されました。江戸時代の初めには、21もの寺院が立ち並んでいましたが、再び火災に見舞われ、現在は3つの塔頭が残されているのみとなっています。

境内に巡らされた竹垣は龍安寺垣と呼ばれ、茶道の普及と共に全国に広がっていきました。臨済宗では寺の主を従事と呼びます。方丈は従事が住む修行の場ともなっています。建物中には、襖絵が描かれ仏間を中心に6つの部屋に仕切られています。

方丈の南の庭が、龍安寺方丈庭園と呼ばる石庭です。幅30m、奥行10mほどの空間は、15の岩と一面に敷き詰められた白砂だけで構成されています。15の岩は、5ヶ所に配置されています。この岩と白砂だけで構成されている龍安寺の石庭は、砂紋引きによってその美しさを現代まで伝えてきました。石庭は、見る人によって様々に解釈されています。例えば、16羅漢の世界とする人、雲海に浮かぶ山の峰々を写したと解く人など様々です。

龍安寺のベストシーズンは、3月下旬から始まる桜の時期と、11月下旬から見頃となる紅葉の時期です。特に、紅葉の時期は池に移る紅葉が素晴らしいです。

拝観時間は、3月~11月末までは8時~17時まで、12月~2月末までは8時半~16時半までとなっています。

バスで行く場合は、市バス50・55・59系統に乗り、立命館大学前で下車し7分ほど歩くと到着します。電車の場合は、京福電車にのり龍安寺道で降りて徒歩7分です。1時間まで無料の駐車場もあります。